中壢は初期は未開墾の荒地でしたが、中国からの開墾者が来られてからようやく開墾開始。それらの開墾者の中に広東、福建の客家人が多いため、この土地で客家人の生活が少しずつ営まれ、多くの伝統的な客家料理も多く知られています。同じ食材でも違った風味の味わえる客家料理に舌つづみを打つ地元の人、観光客の姿が多く見られます。それゆえ、中壢で典型的な客家族が形成され、今日でもまとまった客家人の文化、言葉や特色を見ることができます。1950年代、国民政府が雲南省、金門県及び馬祖地区の一部住民を中壢へ移住させることになり、今日台湾で見られた典型的な多重族群居住地である中壢が形成されました。
文化教育資源の豊富な中壢市は、桃園県の重要な教育中心となり、管内の大学は計七校、高校は六校、中学校と小学校は三十余校があり、子供達は多様な選択ができると同時に、社会人はそれらの教育施設で研修課程コースに参加し、勉強を続けることができます。中壢地区では、芸文活動は文化芸術センターのほかに、地域の人々のために各学校でも行われます。各キャンパスは落ち着いた環境で、散歩や運動をしたりする人々が多く見られます。そこで、学生達によい勉強の環境が提供されるほかに、キャンパスで溢れる学習の雰囲気が人々にも伝わっているでしょう。